自転車製造から始まったアウトビアンキ

自転車製造から始まったアウトビアンキ

自転車製造から始まったアウトビアンキ

自動車メーカーの歴史をたどると意外と楽しめるものです。

 

たとえば、日本のトヨタは自動織物機を作る工場でしたし、スバルやBMWは航空機製造工場、ランボルギーニはトラクターを作っていましたし、フォルクスワーゲンはあの悪名高きヒトラーの命令によって作られた企業なのです。

 

そしてもう一つ面白い始まり方をした自動車メーカーがありました。

 

それがアウトビアンキというところです。

 

アウトビアンキは、今でも輸入自転車として有名なBianchiという自転車を作る企業であったのですが、その後小型自動車を作るようになりました。

 

しかし、大戦によって販売台数が落ち込んでしまい、倒産に至る寸前でフィアットとタイヤメーカーのピレリの援助を受けて再興した時にフィアット傘下のアウトビアンキという自動車メーカーになったのです。

 

フィアットも小型モデルを作るのが得意な自動車メーカーだったのですが、その当時に小型車づくりに自信がなく、自社の車にその技術を採用することを避けていたのです。

 

そこでビアンキの自動車部門を傘下に入れて、フィアットの車ではなくアウトビアンキの車としてその技術や車作りを試したのです。

 

結果的にはそれは大成功を導き、A112やY10など大ヒットモデルを生むことになったのです。

 

しかし、フィアットしてはアウトビアンキは技術が通用するかどうか試すだけのものだったので、成功を得た時点でアウトビアンキの必要性はなくなったのです。

 

結果的にY10の生産を終了した時点で、アウトビアンキは誰にも気づかれないままこの世から消えてしまったのです。

 

フィアットのお試しのために作られたアウトビアンキ、非常に悲しい末路だったと思います。